ある座敷の激闘

「先攻は究極のメニュー側です」
 週刊タイムの記者、三河が宣言し、今回の料理対決が始まった。ふすまがサッと開いて、仲居二名が滑車の付いた巨大な船を押してくる。座敷中央に運ばれたその船の横には例によって山岡士郎が並び、正座で語りを入れる。
「刺身のフルコース、女体盛りです。山岡の主導の下、銀座『岡星』が調理しました」
 究極対至高、メニューは女体盛りであった。

「我々は先ず、器に最適な人物の選定から始めました。年齢、身長、体重は当然ですが、日々携わっている職業まで。綿密にです」
 船の上で寒そうにフルフルと震えているのは、年の頃なら20代の半ばだろうか、黒髪の美しい大和撫子である。全裸にされ、胸元から太ももまで、隙間無く盛られた刺身は圧巻であった。
「うひょう! 山岡はん。言うだけあって美人さんを選びましたナア」
 資産家で知られる京極氏が、禿げ上がった頭を叩いて喜んでいる。それに気を良くした士郎は、笑顔で解説を続けた。
「こちらは神奈川でお茶の師範をしている山科聡子さんです。年齢は24歳。学生時代、大学のミス・コンテストで優勝の経歴があります。どうです、美しいでしょう」
「うむ、見事じゃ。特に茶道の師範をしている所がよいのぅ。手元から抹茶の香りが微かに漂っておる。刺身との相性も抜群じゃ」
 人間国宝、唐山陶人が器の女性の手に鼻を近づけ、うっとりした顔で匂いをかいでいる。今日は後ろに座らされた東西新聞の富井が羨ましそうにそれを眺めていた。
「うむ。女体盛りはこれまでに何度か食べた事があるが、これ程の物は始めてだ。良くやったぞ、山岡!」
 慣れた手つきで箸を伸ばし、器の乳首をコリコリ言わせているのは、東西新聞社主の大原だった。刺身を掬い、何の躊躇も無く器の股間に溜められた醤油に漬けている辺り、何度か食べた事があるのセリフも嘘ではないらしい。ある意味流石である。
「刺身は近海物の極上本マグロを中心にした盛り合わせです。伊勢海老、アワビ、アンキモなど、敢えて豪華食材を揃え、多少悪趣味な演出を施しています」
「うむ。だが今日ばかりはそれが良い。俗悪さも女体盛りの醍醐味じゃ。士郎よ、お前も分かってきたのう」
 高級食材てんこ盛りは普段なら山岡も否定する所だが、今回のメニューはその悪徳こそ求められる物である。無論、全ては料理人岡星の手によって美麗から下品にいたるギリギリに線に抑えられており、醜悪さは感じられない。
 見事なまでの豪華女体盛りであった。
「たまり醤油が股間と太ももの隙間から零れないよう、股間には吉野葛で目張りをしてあります。この葛は私が京都まで買い付けに行った物で、粘りが強く、多少箸でつついても崩れません」
「うむ。細部にまで手の行き届いた丁寧な仕事だ。感心するぞ! 正に究極の女体盛りだ。でかした!」
 究極のメニュー陣、山岡と岡星も、自分たちの用意した女体盛りが好評を博している事に笑顔を隠せない。
 対する、至高のメニュー。アドバイザーという立場ながら、実質的に全てを仕切っている海原雄山は――のんびりとお茶を啜り、余裕の表情であった。究極の女体盛りには手をつけてもいない。
 その様子に、一人東西新聞文化部部長、谷村だけが冷や汗を流していた。

「次は至高のメニューです。お願いします」
 三河の呼び出しで、次の船が運ばれてくる。究極側よりもやや小振りだ。そして座敷まで運ばれてきた船を見た一同は、揃って「あッ!」と驚きの声を上げた。
 器の女性が、見るも可憐な――少女だったのである。
「至高のメニューが、器の選定から入ったのは究極側と同じです」
 悠然と立ち上がった雄山が、士郎を見下すように座敷中央に歩み寄る。
「こちらは、館山佳織さん。14歳」
「14歳だとッ! にょ、女体盛りに中学生を使うなんて!」
 轟然といきり立った士郎だが、こんな事もあろうかとスタンバっていた谷村に止められた。
「山岡君。先ずは落ち着いて、海原先生の話を聞こうじゃないか」
「くそッ! 邪道にも程があるぜ……」
 どうにか座りなおし、胡坐をかいてそっぽを向く士郎。だが、正直、視線だけは佳織ちゃん14歳に釘付けであった。
「この娘は、埼玉の中学校に通っている。部活はテニス部だ。父親が借金を抱えていた所を、私が札束で頬をひっぱたいて連れて来た」
「なッ……。そ、そうか。そういう事かッ!」
 胡坐をかいていた士郎は愕然とした顔で呟く。逸早く事の真相に気付いて深く頷いたのは、京極氏であった。
「なるほど。女体盛りに使われるおなごは、納得ずくよりも、涙を堪えての方が表情に深みがでるちうわけやな。歳が若ければ尚更や。流石は海原はん」
「ふっ。京極さんも良く知っているようですな」
 二人顔を見合わせて、陰気な笑いを浮かべた。
 そう、女体盛りは味よりもむしろ女性の羞恥を食らう料理なのである。恥かしげに顔を赤らめ、唇を噛んでいる女子中学生は、それだけで高級食材を凌駕した。
「更に、部活動での汗と土臭さを消す為に、毎晩の風呂には大量の柚子を浮かべました。一回につき1時間は浸かるようにさせてあります」
「柚子! この香りは柚子か! 先ほどの抹茶の香りも良かったが、この娘の柚子の香りも素晴らしいのう。柑橘系の酸味が刺身の濃厚さに、見事なアクセントとなっておる」
 嗅覚に鋭い唐山老人が目尻を下げて鼻をひくつかせていた。思わずきゅっと身を縮込める佳織ちゃん14歳の姿に、男達の陰鬱な視線もホッと緩む。
「なるほど。新陳代謝の活発な子供の体だからこそ、短期間で香り立つほど柚子の匂いが染み込んだ、という事ですな。これは一本とられましたな」
 珍しく的を得た大原社主の発言に、雄山は重々しく頷いた。ボスのあっけない裏切りと敵への賞賛に、士郎の顔は益々苦くなる。真っ白なイカの細切りに縁取られた可愛い乳首を見つめながら、彼は小さく舌打ちした。そこに雄山が追い討ちをかける。
「私がこの子を選んだのはそれだけではない。分かるか、士郎?」
「何ッ! く……いや、だが。中学生では大人の女性よりも体温が高い。これでは折角の刺身が痛んでしまう筈。失敗したのはむしろお前だ、雄山」
 だが、噛付いた山岡士郎の牙は、海原雄山にとって子猫がじゃれた程度にしか感じられなかった。雄山は相変わらず余裕の表情で超然としている。
「愚かな。だからこそだ。日々のスポーツで程よく引き締められたこの娘は、確かに体温が高い。だから私は、刺身の方を冷やしたのだ」
「むぅ! 確かに、刺身が普通よりずっと冷えておる。だが、これは……」
 唐山人間国宝が箸を口に突っ込んだまま絶句した。その様子が気になった一同も、慌てて思い思いの場所から刺身を掬った。
「う、美味いッ!」
「こら美味いで海原はん!」
「マグロが舌の上で蕩けるようだ」
 呆然と彼らを見つめ、士郎が肩を落とす。
「何故だ? 女体盛りは普通、刺身を盛る前に、あらかじめ女性の体を氷水で冷やすのがセオリーなのに。……そ、そうか! 冷やした刺身が佳織ちゃんの体温で温められて、丁度食べごろの温度になるのかッ!」
「そうだ。36.5度というこの娘の体温で冷えた刺身が温まり、中の脂身がホロリと解け、舌に乗せた瞬間に最高の食べ頃となるのだ。更に言えば士郎」
「な、何だっ!?」
「お前、先ほどの女性には朝から水分を取らせず、その上利尿剤を飲ませていたな? そして刺身を盛る前に尿を出させていただろう」
「と、当然じゃないか! ただでさえ体を冷やすんだ。会食の途中で尿意を感じたら困るのは、食べる方も食べられる方も同じ!」
 確かに、いくらその手の性癖がある人間でも、刺身の味がアンモニアに犯されてしまっては料理としては失敗作である。
 だが、これすらも歴戦の美食人、海原雄山は跳ね除けて見せた。
「だからお前は愚かだと言うのだ。士郎、良く見ておけ、本当の美食という物を」
 そう言うと雄山は自ら船の前に座り、箸を取って器の股間を突付きだした。特に氷水で冷やされたわけでもない佳織ちゃんは、全裸に刺身を乗せたまま、フルフルと震えている。だがそのフルフルは、先の山科聡子さんとは違い、多分に緊張感を孕んだ物であった。全身を硬直させ、キュッと瞑った目からは涙の粒がポロポロと零れている。
「な、何をしとるんじゃ雄山?」
「ふッ。先生、まあ見ていて下さい」
 膨らみかけの乳房にちょこんと乗った可愛らしい乳首をヒラメのエンガワで刺激しつつ、唐山が不思議そうに尋ねた。
 他の者も同じ思いなのだろう、それぞれに佳織ちゃん14歳を苛めつつ、雄山の手元に注目している。
「この娘には、事前に杜仲茶を飲ませてある。だが、それきりトイレには行かせていない」
「と、杜仲茶だと!? そんな物を飲ませて冷たい刺身を盛られたら……」
「……あ、あの。わたし――もう……っ。ひんっ」
 か弱い声で、器の女の子が嗚咽するが、それでも雄山の股間弄りは止まらなかった。やがて小さく「うっ、うっ」と喉で押し殺した泣き声が聞こえたかと思うと、一同は驚きの余りポカンと口をあけたまま、呆然とその光景を見つめた。
 股間のたまり醤油の、量が増えていたのである。正確に言えば、器の中から染み出した液体が、醤油と混ざって量を増やしていたのだ。
 更に分かりやすく言えば、佳織ちゃんが――失禁していたのである。
 そう、杜仲茶には利尿効果があるのだ。
「な! 雄山、おま。……ちょ。マジか!?」
「何をうろたえている、士郎。この未熟者め。……ふん。さあ、皆さん準備が出来ました。おあがり下さい」
 女体盛りにとって禁忌と言える失禁を故意に起こさせるという雄山の暴挙に、腰を抜かした士郎。だが雄山のいつもと変わらない態度に、次第に顔を青ざめさせた。何かあるのだ。必勝の策が。
 驚愕に固まる一座を前に、雄山は先ず自分が箸を取り、佳織ちゃん14歳の右乳房下側に配置されたマグロの中トロを取り、尿和えたまり醤油にひたしてから口に運ぶ。
 その表情。会心の笑みであった。
「で、ではワシも頂いてみようかの……」
「雄山はんが、これ程の顔を見せるのは久しぶりやな」
「う、うむ。それなら私も」
 唐山、京極、大原の三氏は、幾らか困惑しつつも、それぞれに刺身を取り、股間のタレをたっぷりとつけて口に運んだ。
 途端、咀嚼するまでも無く、三人の頬がトロンと垂れる。
「う、美味いのぉ」
「これは、何たる美味さ」
「尿醤油は何度か試した事があるが、これは――これは美味いっ」
 絶賛であった。
 そんなバカなと士郎が慌ててカツオを一切れ取り、佳織ちゃんの股間にひたして口に放り込む。そして目を見開いた。
「これは……この味はッ! 酢だ。酢だな雄山ッ! 貴様、この娘に何をしたッ」
「気付いたか。ならば教えてやろう」
 海原雄山はいつものように胸を張り、軽く目を瞑って解説を始めた。尚、右手は箸で佳織ちゃんの可愛らしい脇腹をちょんちょんと突付いている。
「この娘には3週間前から、朝晩に2リットルの酢を飲ませている。奄美大島産の黒砂糖を天然醗酵させた天然醸造酢だ」
 朝晩に2リットルの酢。それを聞いた皆は、唖然として佳織ちゃんの顔を見つめた。涙目でコクコクと頷く彼女の様子から、それが真実であると伺える。
「くッ、そうか。それを毎日4リットル飲んだから、尿のアンモニアの臭みが消え、代わりに芳醇な酢の香りが漂っていたのか!」
「そうだ。無論、その間の食事にも細心の注意を払っている。米、味噌、主菜と副菜の全てに至るまで、我が美食倶楽部で吟味した食材を使い、最高の食事を与えてきた。睡眠時間や運動も十分な量を取らせている。借金苦にあった実家には弁護士を派遣して問題を解決。漫画を読ませ、テレビドラマを見させ、日に一度は家族や友人と電話で会話させて、精神状態も万全を保ったのだ」
 今度こそ、がっくりと士郎が膝を付く。同じ座敷にいる面々も、雄山の美食への追求振りに改めて感心していた。それぞれ箸で佳織ちゃん14歳の至る所を弄りつつ。
「未成熟な体からほのかに立ち上る柚子の香り」
「そして最高級の醸造黒酢」
「それが股間のたまり醤油と渾然一体となっておる」
 三人の年寄りが、うっとりした顔で14歳の未成熟な体を見つめる。その様子を見た海原雄山は、カッと目を見開き、例によって重々しく口を開いた。
「これが、至高のポン酢醤油です」
 極限の羞恥、最高の刺身。器は青い果実を無理にもぎ取ったかの如く。そしてこだわりの極地とも言えるポン酢醤油。これこそが――至高の女体盛り。
「流石じゃな、雄山」
「いや見事ですわ。海原はん。目から鱗が落ちましたで」
「うむ。この健康的で薫り高いポン酢尿醤油こそ、正に黄金醤油と呼ぶに相応しい」
 ベタ褒めであった。
 これはもう審議に入るまでも無い。そう判断した週刊タイムの三河が、厳かに勝負の裁定を下す。
「究極対至高、女体盛り対決は、至高のメニュー側の勝利と致します」
 唇を噛んで俯いた士郎と、口元に笑みを湛えた雄山。明暗は見事に別れた。そして同時に、女体盛りの歴史に新たな1ページが加わった瞬間でもあった。
「さあ、皆さん。勝敗も決まった事だし、続けて料理を楽しもうかのぅ。ホレ士郎も、いつまでも落ちこんどらんと、お前も箸を取りなさい」
 年の功を発揮し、唐山陶人が場を纏めた。後は刺身がなくなるまで楽しい会食の時間である。士郎も落ち着きを取り戻し、憮然とした顔ながら佳織ちゃん弄りと黄金醤油を堪能。その様子を横目で見ていた雄山の顔は、そこはかとなく嬉しそうだったという。
「んッ……ぁ、あんっ。――そ、そこは……ん、あっ」
「ほほう。唐山先生、この娘、箸でつつかれて感じているようですぞ」
「うむうむ。可愛いものじゃのう。このプルプル震えた杏仁豆腐も美味そうじゃ」
「先生、先生。それは杏仁豆腐ではなく、膨らかけのおっぱいですな」
「うひょう。大原はん、見事な箸捌きですナァ。ちっちゃなさくらんぼが硬くなってきましたで」
「む? 士郎! 器を手で触るのはマナー違反だ。出て行って貰うぞ」
「煩せえなあ。ちょっとくらいいいだろう」
 ご機嫌な三老人と、雄山士郎のダメ親子の宴が繰り広げられる座敷の隅。刺身を盛られたまま放置された山科聡子さんが、そっと涙を零したのに気付く者は、誰一人としていなかった。

 宴会は、栗田さん他の女性陣が釘バットを持って乱入するまで続けられたという。



 ――了。

モ ドル