戦士の心得

 

 重く、厚い扉を開くと、そこは灼熱の世界だった。
 ねっとりとした熱い空気が否応なく俺の体に纏わりつく。薄く目を開けて部屋に入り、俺は右側の席に腰を下ろした。
 たちまち玉のような汗が噴出してくる。だが、それこそ醍醐味よ。俺は額を流れる汗の雫を払うことも無く、ただそっと目を閉じて、襲い来る熱気に我が身を任せた。

 サウナである。
 我が町の市民プールは室内型の温水プールだけあって、季節を問わず一年中営業している有難い施設である。そのプールサイドに設けられた小部屋こそ、今俺がいるサウナである。
 冬でも開いてる市民プールだが、実際真冬にプールに行こう等と考える人間は決して多くない。今日も休日だと言うのに利用客は数えるほどしかいなかった。だからこそ、こうしてサウナを独り占めできるのだが。
 さあこれからが本番だ、と俺が座りなおしたその時、重い扉が外から開かれた。
 調子を外されるのは残念な事である。が、仕方が無い。ここは何も俺だけの施設ではないのだから。
 ひゅうという音と共に熱気が逃げ、代わりに入ってきたのは女の子だった。濃紺のスクール水着を身に着けた結構可愛い子である。歳は俺より随分下だ。多分中学生だろう。小柄だが均整の取れた手足は細く、しなやかだ。如何にもスポーツ好きそうな、無駄の無い体形と言っていい。顔立ちは凛々しく、これまた如何にも勝ち気そうで、俺を一瞥するや「フンッ」と鼻を鳴らして左側の席に座った。
 さて。可愛い女の子と2人きりなのは嬉しくはあるが、考え物でもある。気の強そうな子ではあるが、それでも年下の女の子だ。正直、俺と2人では落ち着くまい。ここは年上の余裕を見せて俺の方が出て行くべきだろう。実際、長居して痴漢扱いされると困るというのが本音だが。
 そう思って腰を浮かす。だが、彼女の反応は俺の逆をついていた。薄く笑って「フン」と嘲るように口を歪めたのである。
「根性無し――」
 声には出さないが、そう言っているようだった。
 この瞬間、俺の中の闘争心が燃え上がった。
 コイツ、俺と勝負する気か――!?
 古今東西、サウナでの戦いは先に出たほうが負けと決まっている。俺は、一度は浮かした腰を下ろし、悠然と座りなおした。
 タンッ! と短い音を立てて砂時計がひっくり返される。彼女が持ってきたものだ。サウナに入る時、係員に言うと無料で貸してもらえる5分計。
 俺はそれを見て軽く溜息をついた。所詮は女の子だ。高々5分程度で俺が根を上げる物かよ。意気込んで損した。
 しかし、である。彼女は意味ありげに「ふっ」と笑い、コツコツと砂時計の頭を叩いた。「幾らでもひっくり返せるのよ」とでも言っているようだ。
 良いだろう。そっちがそのつもりなら、相手になってやる。
 俺達は中空でパチッと視線を交えると、お互いにゆっくり腕を組んだ。

 ブーンという低いボイラーの音が室内に木霊する。俺と少女は、お互い目を瞑り、無言のままに熱気と戦っていた。砂時計はそろそろ最初の一回が落ちきろうとしていた。両者とも全身に汗をかき、だがまんじりともしない。
 俺は手元にあったタオルで何気なく胸板を拭いた。と、彼女は僅かにいらだたしげな顔で俺を睨む。そして己の水着の胸元を引っ張り、パタパタと軽く仰ぎ、決して涼しくは無いだろう風を起こしている。
 不満げだ。酷く不満げなお顔だ。
 多分、上半身裸の俺に対し、胸まで覆う水着を着ている自分は不利だと思っているのだろう。確かに、噴出した汗が簡単に拭き取れる男と、水着があって汗が拭けない女とでは幾らかの差がありそうなのも事実なのだが。
 グググと下あごを震わせて彼女は拳を握った。
 不快指数が、ついに限界まで達したか。――この勝負、貰ったな。と、僅かにほくそ笑んだ次の瞬間、俺は目を剥いた。
 女の子は、水着の両肩の紐をグッと掴むや否や、下に引き摺り下ろしたのである。
 当然、可愛い胸が全部見えてしまっている。
 
 バカだ。
 バカがいる。
 バカ、降臨。
 バカ、サウナで脱ぐ。乳丸出し。

 曝け出した胸をタオルで拭い、「これで条件は五分よ」とばかりに、口の端を歪めてうっすらと笑った女の子を見て俺は思った。
 コイツ、本物のバカだ――と。

 タンッと気持ちよい音を立てて砂時計が返される。ファイブミニッツアゴーと、頭の中で声がした。
 俺有利かと思われた勝負は、だが勝気が過ぎる少女のアホさでイーブンになっている。筈だったのだが――俺は不測の事態に見舞われて、内心の焦りが酷くなっていた。
 勃起してしまったのである。
 目の前の少女、頭の中はともかく、見た目は大変に可愛らしい。それが膨らみかけの小振りな乳房を丸出しにしているのだから、これはまあ不可避の現実だろう。目が泳いでしまうのも仕方が無い。プールだけに。
 心頭滅却すればサウナもまた涼し、かもしれないが、流石に本能までは押さえきれない。俺の一物は、意思に反して次第に硬度を増し、ついに完全にそそり立ってしまった。
 最早前傾姿勢では誤魔化せない。それでもタオルでさり気無く股間を覆ったが、健闘空しく、少女に気付かれてしまった。
「く、くくッ」
 実に腹立たしい事に、彼女は喉の奥で声を殺して笑いを噛み締めている。「あーら、お兄さん。そんな所にテントなんか張っちゃってどうしたの?」と言わんばかりだ。
 悔しい。年下の女の子の胸に股間を膨らませたのは確かに俺だが、こうして嘲笑われてみると歯軋りするほどの悔しさである。
 だからこそ逃げられない。
 これで彼女が大人しそうな子であれば俺も「てへり」とか言って姿を消すのだが、相手はサウナ勝負で乳を放り出しちゃうようなバカである。ここで尻尾を巻いたら、俺は明日、彼女の通う学校で散々に笑われるだろう。「昨日ね、市民プールのサウナで大学生っぽい男の人が、私の体見て欲情してたのよ」とかなんとか。
 正直、負けられない。
 考えた末、立ち上がった俺は「あーら、出てくの? 負け犬は無様ねえ」という顔で笑っている少女の前で――おもむろに水着を脱いだ。

 チンポ丸出しである。
 しかも絶賛勃起中――。

 脱いだ水着を脇に置き、天を突くペニスを見せ付けるように俺は座りなおす。彼女は流石に引いていた。目をまん丸にし、俺のペニスを数秒間凝視した後、急に挙動不審になった。当然だろう。自分の胸を見てチンポ立てた男が、それを隠す事無く全裸で目の前に座っているのだから。
 フフフ、と内心でほくそ笑む。とった手段はあまりにもアレだが、少なくともこれで勝負は俺の勝ちである。後はサウナから逃げ出す彼女の後姿に高笑いを浴びせるだけだ。
 どうした? ほら、逃げないのかね? と口の端を歪めてニヤリと笑う俺を前に、彼女はついに立ち上がった。
 これで終わりだ。中々に手ごわかったぜ。と、思った矢先の事である。
 少女が、やはり完全に水着を脱ぎ捨てたのは。

 アホだ。勃起したチンポ丸出しの俺が言えた義理ではないが、コイツは真性のアホだ。何処の世界にサウナ勝負に負けたくなくて、見ず知らずの男と2人きりなのに全裸になってしまう女子中学生がいると言うのだ。
 彼女は、流石に顔を真っ赤にしてちょっと震えながら、僅かに股を開いて席に座りなおした。当然の事ながら、可愛らしい割れ目が丸見えである。その上の薄い恥毛も含めて。
 呆気に取られる俺を前に、彼女は不敵な顔を無理矢理作って笑い返してきた。「さあ、これで勝負は振り出しに戻ったわよ!」と言わんばかりの形相である。

 三度再スタートとなったサウナ勝負。お互い全裸で、普段は見せてはいけない場所を完全に見せ合っているという異形の戦いである。部屋に篭る熱気は、だが最早脇役の存在となっていた。
 俺は次なる手を必死に模索する。敵が打ってきた空恐ろしい一手に対抗するには、どうすればいいか? だが、ゴクリとなる咽喉が思考を邪魔し、頭が回らない。目が勝手に吸い寄せられてしまうのである。彼女の裸身に。
 赤く上気した健康的な肌。年頃の少女らしい丸みを帯びた体は全体的に華奢だが、しっとりと汗に濡れて少しばかり蠱惑的だ。未発達の乳房は、だがそれでも柔らかそうで彼女の呼吸に合わせてフルフルと揺れている。そこから下、ほっそりした腰と下腹には一分の贅肉も無く、手で触れば折れそうなほど。そして股間のスリット。ピタリと閉じ合わされ、綺麗な肌色のままの秘所は、彼女が無垢な少女である事を証明している。
 再びゴクリと咽喉がなる。彼女を組み伏せて襲い掛かる自分を幻視し、それがまた興奮を呼んだ。ヤバイ、今すぐ抜きたい。むしろそうしないと、本当に襲い掛かってしまいそうだ。流石にそれは犯罪である。
 と――俺の頭に閃く物があった。
 そうか、抜けばいいんだ。コイツの目の前で!
 俺は一度呼吸を整えると、股間に聳え立ったペニスに手を伸ばし、それをゆっくりとしごき始めた。視線は彼女の割れ目に固定である。
 当の彼女は、やはり引いた。ガタッと音を立てて本当に後ずさりし、背中を壁にぶつけた。物凄い勢いで口を引きつらせ、俺の仕草を見つめている。
 全裸の男が、やはり全裸の自分を視姦しているのだ。あまつさえチンポ擦ってるのだから、真っ当な女の子なら泣いて逃げてしかるべきである。
 今度こそ決まったな――。
 ゆるゆるとペニスをしごきつつ、どこか覚めた頭で俺は勝負の行方を見守った。裸を見せ合うならまだしも、そこに性欲の影を――影と言うかむしろ全開にして――加えたのである。
 いくら勝気でも女の子だ。こればっかりは乗り越えられまい。さあ、俺の獣性の前に恐れを為して逃げ出すがいいさ!
「ガルルルル……」という獣っぽい唸り声を視線に篭めて彼女を凝視する俺。だが、またしても。そう、またしても少女は俺と同じ階梯まで登って来たのである。
 両足を座席に乗せ、いわゆるM字開脚の恰好で、自分の秘所に指を滑らせたのだ。
 恐るべきはこの少女の執念よ――!
 まさかこの領域に踏み込んでこようとは。
 戦慄した俺は、全身に冷や水を浴びせられたように、動きを止め、自慰を始めた彼女をポカンと見つめた。
 喉の奥にくぐもった声を押し殺して、見た目可憐な少女がオナニーを。非現実的な光景ではあった。しかも場所は市民プールのサウナである。夢にも思わないとは正にこの事だ。
 停止する脳みそとは対照的に、俺の体は正直だった。一度は止まった手を再起動し、ペニスへの刺激を再開したのである。

 ここに来てまたもや勝負の様相が変わった。
 オナニー合戦。
 先にイッた方が負けという暗黙の了解が俺と少女との間に交わされ、2人して己の大事な場所を弄りだすという、熾烈極まる戦いが始まってしまったのである。
 既に両者とも、互いの裸を存分に見合った後だけにヒートアップも早い。少女は綺麗なピンク色の小陰唇を外気に晒し、細い指先で盛んに膣口を擦っている。眉を顰めて顔を歪め、時折、抑えきれなかったのか、甘い声が漏れていた。傍目に見ても完全に体に火が付いている。それは俺にしても同じ事で、ゾクゾクするほどの衝動が、脳髄発背筋経由で股間に集まってきている。僅かに腰を浮かし、尻の穴を限界まで引き締めていなければ耐えられない程だ。
 だがそれでも、お互い手加減は出来なかった。僅かでも手を抜けば有利になる事は分かりきっている。それでも。
 これは真剣勝負なのだ。お互いの意地と執念をかけた。
 ペニスを上下する俺の手は益々早く、ヴァギナを掻き混ぜる彼女の指は更に深みに。
 2人して互いの性器を見つめあい、魂のオナニーを続ける。最早、お互いに唸り声は隠せなかった。俺の低く押し殺すような声と、彼女の甘く切なげな声が狭いサウナに木霊する。

 もう、――限界だ!
 どちらが先に思っただろう? いや、どちらでもない。
 俺達は同時に限界に達し、同時に絶頂を迎えた。

 勢い良く飛び出した俺の精液が、過去最高の飛距離を持って宙を舞い、涎を垂らして力無く座り込んでいる少女の顔にかかった。
 それが決着だ。
 勝者も無く、敗者も無い。ただブーンと唸るボイラーの音があるだけ。

 暫く目を瞑って天を仰ぐ。特に何を考えていたのでも無い。それにそんな思考能力も残っていなかった。時計の砂はとっくに落ちきり、一体どれ程の時間、俺たちがサウナに篭っていたのか知る術は無い。
 やがてどちらともなく、俺達は焦点の合わない瞳を合わせた。
「出るか」
「うん」
 ぼんやりとする頭を抱え、それぞれの水着とタオルを持って俺と彼女はサウナを出た。
 涼しい。本当に生き返るようだ。
 ペタペタとプールサイドを歩き、その外気の涼しさに、ただただ感動する。
 この解放感――。

 漸く脳みそに血液が酸素を運び込むと、俺はなにやら幾筋もの視線を感じてふっと横を向いた。そこにあったのは、暇を潰しに着たおばはんや年寄りの、唖然極まるポカンとした顔、顔、顔。
 それが不思議で、俺と彼女はお互いに顔を見合わせた。
 そして初めて現状を理解する。

 全裸でチンポ丸出しの男と、同じく全裸で顔射をきめられた女の子。
 シーンと静まり返るプール。 

「う、うわああ!」
「きゃああ!」
 2人して絶叫し、俺達は先を争ってその場を逃げだした。

   /

 その後。
 市民プールの入り口でバッタリ顔を合わせた俺と彼女は、近所のコンビニでアイスを買い、2人で仲良く帰った。



 ――了。

モ ドル