放課後の神様

 日も大分傾いた夕暮れ時。帰宅部組は当の昔に学校から姿を消したが、各部活動に勤しむ生徒達は、この日も熱心に、そして楽しげにそれぞれの時間を過ごしている。
 美術部所属の俺もまた、本来は部室でクロッキー帖を広げ、デッサンの研究に余念が無い――筈なのであるのだが。それが出来ずにいるのは一つの理由があった。
 モデルを取り上げられてしまったのである。ヌードデッサンの為の。
 故に俺は、それを取り上げた張本人に直談判すべく、学校における官憲の手先、風紀委員の根城へと向かっていた。

 ヌードモデルと言っても、何も実際の人間ではない。勿論、その方が良いに越した事はないのだが。冴えない県立高校の美術部に、ヌードモデルの派遣を頼むほどの金は当然ながら無い。それなら私が、と言って潔く脱いでくれる奇特な美人教師や美少女部員などもいはしない。
 しかしながら、やはり人体デッサンの基本はヌードである。着衣のままでは分かり辛い肉付きや骨格、関節のあり方は、想像で補うだけでは限度がある。絵画にせよ彫刻にせよ、或いは他の分野にしても、美術の授業を超えるレベルになると、どうしても全裸の女性が一人必要になるのである。
 ではそれを調達できない場合、どうするのか? 答は簡単で、ヌードモデルを写真に収めた本を使うのである。写真は写真なので三次元的な視点から観察は出来ないし、ポーズも不変である。が、これはもう仕方が無い。その辺りはデッサン人形に同じポーズを取らせて写真の女性を脳内で重ね合わせたり、体育の授業で女子の姿を横目で眺めたりという涙ぐましい努力で補完するしかない。
 さて、問題はデッサン用のヌード写真集なのだが。美術用のそれはいわゆる専門書扱いで値段が高い。それはもうえげつなく高価なのである。とは言え、腐っても美術部である。我が部にもちゃんとあるのだ。いや、あったのだ。美術用のお高いやつが。誰とも知らない輩が密かに持ち帰ってしまうまでは。要するに盗まれたのである。恐らくは芸術的目的を伴わない行為に使用する為に。
 部員一同で溜息をついたが、こうなってしまうと先ず本は戻ってこない。これまでにも何度か例のあった事だ。
 ここまで来ると、勘の良い方なら俺が何を風紀委員に取り上げられたかを察していただけると思う。ヌードモデルの代用品の、そのまた代用品。美術用ヌード写真集よりずっと安価で容易く手に入る物。即ち、エロ本である。
 デッサンの勉強という目的の上では、いわゆるアイドルや女優のヌード写真集の方が良いのだが、それもまたそれなりに高い。という訳で俺は近頃、わざわざ遠出して買って来たエロ本を、デッサンの教本にしていたのである。
 それを小賢しくも憎らしい風紀委員に見つかって没収されてしまったのだ。
 確かに学校に持ち込むには風紀上問題はあるだろう。だが上記の通り、卑猥な理由で持っていたのではない。誰が悪いかと言えば、我が部の備品を盗んだヤツであって、こちらは被害者なのだ。そこに追い討ちをかけるとは、学校の治安維持部隊とも思えぬ所業である。
 正義は我にあり。良し、理論武装も整った。
 俺は風紀委員室の前で一度大きく深呼吸すると、おもむろに扉を開いた。
「美術部ですがッ! 取られた本を返して頂きたく……って、あれ?」

 風紀委員室は、校舎4階の各委員会室が立ち並ぶ一角の一番奥にある。委員の連中は大抵、何らかの部にも所属しているので常駐しているのは大体一人か二人。今日は一人のようだった。その一人が、椅子に座って眠っている。
 すうすうと気持ち良さそうな寝息を立てる女生徒。机に突っ伏すでもなく、両手をダランと下げ、背もたれに身を預けて危なげに。
「さ、三条め……。こっちの気も知らないで暢気なッ」
 その眠り委員。三条奈津は知った顔であった。クラスメイトでもある。加えて言えば、俺からエロ本を取り上げた本人でもあった。特徴としては、とにかく小さい。小柄でスレンダーと言えば聞こえは良いが、要するにチビッコである。中学どころか小学生でも通用するほどの軽量級で低身長。だが何やら凄く良い所のお嬢様だそうで、やたら気位が高い。真面目な女生徒達の間では持て囃され、珍重され、且つ愛玩されているが、そうでない者にとっては天敵である。何しろ容赦が無い。体育会系の男子を向こうに回し、小気味良くもポンポンと風紀的問題を攻め立てて、ついたあだ名が『闘犬用チワワ』だ。命名者の文芸部員を50センチの竹尺でシバき倒した所為で、一層その名が広まったのを本人は知っているのかいないのか。
「くそッ。どうしてくれようか……」
 余程良い夢でも見ているのか、三条は口元を緩め、むにゃむにゃと楽しそうに寝言など呟いている。その油断した姿に闘犬の面影はない。これは滅多に無いチャンス。やるなら今しかない!
 俺はニヤリと口の端を歪めると、そっと彼女の後ろに回った。

 まあ、そうそう酷い事が出来る筈も無い。俺には人に乱暴を働いて喜ぶような性癖は無いし、なにより安らかに寝息を立てる彼女は、見た目可愛らしいお嬢さんだ。長い髪をポニーテールに纏めたピンクのリボンなど、ホッとするほど愛らしい。
 ちょっとドキドキしつつ、俺は彼女の両手を椅子の後ろで縛り上げた。縄の代わりに柔らかいタオル――偶々側にあった。三条の物だろう――を使っているので、白い肌にも傷はつくまい。
 やるのはこれだけだ。後は一旦部屋を出て、彼女が目を覚ますのを見計らい、もう一度ドアを開けるのだ。そして開口一番「三条。お前それ放置プレイとか言うヤツ? ううん。相手が誰だか知らんけど、学校で破廉恥なSM行為は謹んで貰いたいものだなあ」とか何とか言ってやるのだ。誤解されては堪らんと焦った三条相手なら、本の返還要求も容易だろうという判断である。
「良し。じゃあ、暫く外で待つか」
 首尾よく事を終え、彼女が目を覚まさない内に風紀委員室を出ればいい――のだが。ぐっすりと眠り込んだ三条の姿に、俺の美術魂がムクムクと頭をもたげてきた。
 これは、女体の観察に絶好の機会ではないのか?
 エロ方面の話ではなく、純然たる芸術家の基礎知識として。人体の構造を把握するという意味で。
 丁度俺は、椅子に座った状態での骨盤から伸びる大腿骨と、その太ももの肉の付き方に興味があったのである。
 ゴクリと喉が鳴る。いやいやいやと頭を振る。そんな暫しの逡巡を経て、俺は机の下に潜り込んだ。重ねて言うが、芸術的探究心からの行動である。不埒な邪心はない。
「目を覚ますなよ。ちょっとの間だけだからな」
 小さな足を上履きごと、そっとずらす。これでいいのかと思うほど簡単に太ももまで開いた。分かっていた事だが、怖ろしく軽い。骨と肉の代わりに綿でも詰まっているんじゃないか。まるでぬいぐるみの足のようだ。
 膝の上まである、いわゆるオーバーニーソックス。正しくはサイハイソックスと言うらしいが。白に近い薄桃色のそれに包まれた太ももは、俺の腕くらいの厚みしかない。スカートが影になって良く見えないが、肌は透き通るように白く、肌理の細やかさなど目も眩むほどだ。一種の感動すら覚える。
「ほゥ……」
 三条の足をここまで間近に見たのは初めてだが、女子連中が羨望の眼差しでコイツを見るのは、何も行動力の所為だけではないと知った。身長こそ小学六年生の平均を下回るものの、体つきの繊細さが、溜息が出るほど上質なのだ。
 これは芸術に値する――。
 絵筆を握って生まれてきたと公言する俺としては、もう少し拝見させてもらう以外に道は無かった。
 影を作っているスカートをソロソロと捲り、彼女の下腹の方に追いやる。蛍光灯に照らされただけの股間周辺は、だが後光でも差しているかの如く輝いて見えた。
 滑らかな光沢が目に優しいシルクのパンティ。サイズは明らかにジュニアのそれなのに、デザインはやや大人っぽい。プリントパンツでも出てくるかと思っていた俺には、不意打ちだったと言える。否応無しに目を奪われた。パンティもそうだが、そこから伸びる細く美しい足に。息を飲むほど白くはあるが健康的で、微笑ましいほど小柄なのに何処か悩ましい少女の足。
 うっとりと眺め、思わず頬擦りしたくなる衝動に駆られる。だが、このミッションの目的は三条に備わった美の観賞ではなく、あくまで人体構造の観察である。彼女がいつまでも寝ていてくれるとは限らない。引かれる後ろ髪をグッと抑え、俺は真剣に目の前の女体を見つめ、ふむふむと頷いた。
「骨盤がこうなると、大腿骨はこの位置で。なるほど、大腿筋はこんな具合か」
 ボディビルダーのような筋肉の分かりやすさは無いが、その反面、骨格が透けて見えるほどで、むしろ俺としては有難かった。調子に乗ってちょっと足を持ち上げ、太ももの裏から椅子に当たる骨盤の底の様子まで観察させて貰う。が、不満もあった。
「この中は、果たしてどうなっているのか?」
 骨盤が下腹で左右から結合している部位。俗に言う土手を形成している恥骨は、一体どんな感じで皮膚を盛り上げているのか。脂肪分の少ない彼女であれば、その様子が手に取るように分かるだろう。
「ちょっと……見せて貰うか」
 固い唾が喉につかえ、無理に飲み込むと大きな音がした。何しろ、今から寝ている女の子のパンティを脱がそうとしているのだ。緊張に手が震えるのも仕方がないのではあるまいか。言うまでも無い事だが、これは純粋に知的興味からの行動である。そう、俺の芸術的下地としての解剖学的欲求であり、決して淫らな事を思っている訳ではない。
「では、失礼して」
 そっと三条の腰に手を伸ばし、純白のパンティを掴んでゆっくり下ろしていく。絹だけあって滑らかな布地は摩擦係数も少ないようで、思っていたよりずっと容易にスルスルと彼女の足と椅子の間を通り抜けた。
「――ッ!」
 自分の目がクワッと見開かれるのを知りながらも、手は止まらず、結局パンティは三条の膝の上まで降りてしまった。丁度ニーソックスの最上部と交差する位置である。
 目標だった恥骨をじっくりと観察する、のだが。正直な所、どうしても視線は逸れてしまう。体躯に見合った薄い薄い恥毛の下に。三条奈津の、余りに可愛らしい女性器に。
 ほんの少しだけ肉の盛り上がった陰唇が、縦に一筋の割れ目を形作っている。ピタリと閉じあわされたそれは、無垢な少女の純潔を証明する一本の線。
 ハレルヤ。これこそ正に至上の美。霊長類の頂点に立つ我ら人間が為しうる、最高の芸術。人によって産み出され、だが人の手では作り得ない、作意と偶然が最高の位置で交錯した天と地のコラボレーション。
 俺はこれを描く為に生まれて来たのかもしれない――。

 余談だが。
 後に少女の股間だけを描き続ける画壇の異端児が誕生した瞬間である。

 感動の余り目尻から一筋の涙が零れたが、美の追求という欲求は俺に、ただ打ち震える事を許さなかった。
 たった一筋の線は、それだけで至高の領域である。だがそれをキャンバスに写し取るにはどれ程の研鑽と女性器への理解が必要なのか。それはきっと千里万里の道であり、修羅の道でもあろう。だが、躊躇してはいられない。天は俺にここで一歩を踏み出させる為に、この少女を遣わしたに違いないからだ。多分。
「むっ、こうか? いや、こうだな」
 チビッコ高校生、三条奈津の秘裂をじっくりと観察すべく、俺は最もそこを間近で見られる位置を探った。その結果、テーブルの下から、更に前へ。彼女の足を開かせて、太ももと膝の間にあるパンティで形成されたトライアングルの中から頭を出した。
 首の後ろにパンティ、両耳にはほっそりしたももが当たり、目の前にちっちゃな女性器というポジショニングである。舌を伸ばすだけで魅惑の陰唇を舐め上げ可能だ。後ほど味の方も確かめねばなるまい。勿論、芸術を極める為にだ。
 担ぎ上げた三条の両足を肩に掛け、手でそっと腰を押さえて検分開始。
「ぬぅ! これは、なんたる。いやはや」
 間近も間近。目の前3センチの距離にある彼女の秘裂。外側の白い肌から、溝の中心部の桃色まで。そのグラデーションは見事の一言に尽きた。これは生半な事では表現出来まい。あるラインを境目に、急激に色が変わっていくのだが、そのラインが認識できないのである。目の前に見えている筈なのに。ここから色が変わり始めるという、その境界線が――分からない。神秘とは正にこの事かッ!
 もっと良く見よう。そう思って両手を三条の腰からずらし、人差し指を伸ばして大陰唇を厳かに開く。
 そこに、神はいた。
 日本では俗に観音様と呼ばれる光景ではある。大陰唇の中。花弁とも称される小陰唇がつられて開き、下部では膣口が縦に薄く口を開け、その上方に尿道口らしきものがチラリと顔を覗かせる。その最上部には頭巾を被った小さな陰核が見えた。ヌラリとした粘膜は、だが卑猥ではなく高貴な玉体を包むベールのようだ。
「その者、透けた衣をまといて、桃色の大地に降り立つ……」
 それは聖女か。いや聖処女だっ。
 魂を丸ごと揺さぶられるような強い感動に、俺は暫し観察を止めざるを得なかった。目から流れる滂沱の涙を止められないからだ。それ故に、三条の変化にも気が付かなかったのだが、これもやはり仕方が無いと言う以外に無い。
「ん……何か、冷たい――?」
 目を覚ましたらしい彼女が、ぼそぼそと呟いているが、目下の所、俺は身動きも出来ないほどの感動に支配されている。取り繕おうなど、思いもしなかった。
「ん? え、あ……ぎゃあーーッ! な、な、何やってんだ貴様ッ」
「う、ぐすっ。……ぐすっ」
「しかも泣いてる!? 泣きたいのは私だろ。って、ああああ! ぱ、パンツ。私パンツ穿いてない! やだッ、何? 手が動かない。縛られてる!?」
 小さな体のどこにそんな力があったのか、三条は起き抜けに異常事態を察知すると、縛り付けられた椅子ごとガタガタ身を捩った。だが、所詮は女の子である。しかも小学生並のパワーしか持っていない彼女の事。ももをそっと押さえるだけで立つ事も出来ない。
 俺は、閉じて再び一本の線に戻った陰裂に、ある種の感慨を込めて頷いた。
「そうか。これが美しいのは、神を内に秘めているからなのか」
「な、何が神だっ! それより顔離せッ。いや、お前、本当に勘弁しろ! ちょ、触るな。い、いやあ……た、助けて」
 秘めるからこそ美しい。神聖にして不可侵の存在を。
 だが近代芸術は、神を肯定しつつもそれを人の手で解体し、神秘の内側にある摂理を見定めていく所に真髄がある。だから俺は見なくてはならない。もっと、彼女の内側を。子羊のようにひれ伏すのではなく、冷徹な目で女性器への理解を深めていかなくてはならないのだ。
 そういう訳で、敢えて至上の一本線を崩し、もう一度俺は三条の中を覗き込んだ。
「な、な、何開いてやがる! この変態、変態! わ、私だってそんな事……ぁ。んッ、ちょ、止めて。お願いだから……あ、あっ! 良し、タオル取れた」
 両の親指でクイッと彼女の陰唇を開いたは良い物の、俺は頭にポカポカという衝撃を感じ、思わず顔を上げた。その瞬間、鼻に小さな拳が振ってくる。
「うわっ。お、おい痛いって。何すんだ」
「何すんだはこっちのセリフだ変態野郎! とっとと離れやがれ! 頼むから!」
「おいおい、三条。女の子がそんな言葉使うもんじゃありません」
 解け易いタオルが災いしたか、彼女は両手の拘束から抜け出してしまっていた。駄々っ子のように手をグーにして俺の顔面を叩いている。が、例によって大した事は無い。目突きでもされたら事だが、そこまで頭が回っていないようだ。
「いいから顔離せ! あっちいけ! 大声出すぞ。ていうか出すからな!」
 完全に取り乱している。まぁ、確かに目が覚めたら椅子に縛られてパンツ脱がされていた挙句、生の股間に男が顔を埋めていたら取り乱しもするだろう。その上、泣きながらクリトリスを拝んでいるのだ。自分でやっといて何だが、これは酷い。
「だがな、三条よ。この状況、他人の目にはどう映るだろうか?」
「な、なにぃ……」
 両手を椅子に縛り付けられたままなら、俺が無理強いして襲っているように見える。だが、現在彼女の手は自由だ。こうなるとむしろ、気の強い三条が俺に股間を舐めさせているように見えるのではあるまいか。彼女は椅子に座った状態でパンティを膝まで下げ、その足の内側から俺は顔を出しているのである。この体勢。普通なら両者の合意がないと、先ず有り得ないと言えよう。強姦なら着衣も体勢も、もっと乱れている筈だ。
 即ち、傍目には密かに付き合っている恋人同士のイケナイ遊びに写るだろうという事である。これで三条は迂闊に助けも呼べまい。
 まあ、事の経緯など幾通りも考えられるし、誰もがそう見るとは思えないのだが。少なくとも彼女は同じ結論に達したらしい。唇を噛んで「ぐむぅ」と唸っている。
 と、そこへ神の助けか悪魔の使いか。ガラッと扉を開ける者がいた。
「なっちゃーん。大声出してたけど、どうしたの?」
「え、あ……うう。な、何でもない」
 大きなテーブルの下に位置してる俺からは見えないが、知った声だ。俺や三条と同じクラスの女生徒。確か美化委員だった筈。なるほど、近所で騒がしい声がするので様子を見に来たのだろう。
「そう? 悪い男子に悪戯とかされたりしてない?」
「な、何言ってる! そ、そんなのいても蹴っ飛ばしてやるサ」
「あはは。なっちゃん強いもんね」
「う、うん。だ……だから大丈夫。ちょっと居眠りして変な夢見ただけ」
「ふーん、どんな夢なんだか。じゃあ私は先に帰るね。お仕事ご苦労様」
「あ……ああ。うん、バイバイ」
 一瞬で異様な緊張感が風紀委員室を包んだが、それを作り笑いで乗り越えた彼女は大したものだ。クラスメイトの女生徒が出て行ったのを確認するや否や、再びポカスカ殴ってくる気の強さも。闘犬のあだ名は伊達ではない。見た目はチワワでも。
 ここで暫し、無言の攻防が開始された。
 グイグイと俺の頭を追いやろうとする三条。しっかりと彼女の足を押さえ、指で開いた秘裂の奥を食い入るように見つめる俺。当然ながら軍配は俺に上がり続ける。
 そんな状況に如何せん豪を煮やしたのか、彼女はやがて、涙混じりに気炎を吐いた。
「だーッ! いい加減にしろ! お、お前、自分が何やってるか分かってるのかッ。これはな……レ、レレ、レイプだぞ! 性犯罪だ。こ、この犯罪者! 社会の敵ッ!」
「否ッ! 芸術の為だ」
「はあっ?」
 恐怖と羞恥と怒りがない交ぜになった、総合すると概ね怒号で、三条は調子良く罵り出す。が、俺がグッと顔を挙げ、真剣な眼差しで睨み返すと、一気に脱力してポカンと口を開けた。予想だにしない答に、思わず気が抜けたのだろう。ここは紳士として解説してやらねばなるまい。仮にも彼女には助力を頂いているのだ。
 先ずヌードデッサンの重要さを説き、写真集が盗まれた事を伝え、その後、こうに至るまでを懇切丁寧に語った。三条は現状を忘れているのか律儀なのか、いちいち頷いて話を聞いてくれている。
「つまりだな。俺が芸術家への道を歩む上で、これは非常に重要な事なんです」
「お前、美術の成績6じゃないかッ」
「ええい、些細な事を!」
 いわゆる10段階評価での数字である。しかし所詮は画一的な日本の学校教育での評価だ。何で彼女が俺の成績を知っているのかは実に疑問だが。
 因みに俺に10段階評価で6の成績をつけた美術教師は美術部の顧問でもあり、号価格40万円の値が付くプロの画家でもある。これは1号、つまり葉書き大サイズの絵が40万円になるという事だ。中堅ではあるが、熱心なファンもいるそうで、毎年出身地のデパートで個展を開くという。
「その教師を持ってしても俺の芸術性は図れないのだよ!」
「お……お前。結構前向きだな」
「そうか?」
「うん。それは、凄く、良い事だと思う」
「あ、ありがとう」
 変な沈黙が狭い部屋に流れる。俺、コイツの事好きかも。今度交際を申し込んでみよう。
「それで、そろそろ離してくれる?」
「うん。もう少し見させて」
「は……離せって言ってんだ! 開くなぁ! こら、止め……んぁ、あッ」
 中断していた秘所の観察を再開する。と、三条のそこには微妙な変化が現れていた。
 極微量ではあるが――粘性の液体が分泌されていたのである。
 有体に言うと濡れだしたわけだが、これで彼女が性的快感を覚えていると判断するほど俺は愚かではない。繊細で傷つきやすい女性器は乾燥を嫌う。つまり俺が閉じたり開いたりを繰り返した為に、少し乾いてしまったそこを保湿する必要性があったという事だ。
 しかしながら、その光景は俺にとって衝撃でもあった。
 キラリと光る粘液がツツツと小陰唇から零れる。それだけで、神の様相は一変した。何たる事だ、これもまた美しいとは!
 穢れ無き乙女の純潔性こそ神の本質と思っていた俺だが、ただの一滴がその認識を打ち砕いたのだ。急激に回転する俺の脳みそが、網膜から送られてくる情報を元に芸術性の再構築を開始する。
 これは堕天か? 清らかな天使が闇に犯されて堕ちていく様は、確かに多くの芸術作品に取り上げられるモチーフではある。少女の中に秘められた神性が更に隠し持つ裏の顔。であるならば、芸術家の卵として、その深遠を覗かないわけにもいくまいよ。
「んっ……あ、あぁ。おま、お前――何、舐めてやがるッ!」
 上記した解剖学的興味とは違う意味で、俺は三条の秘裂に舌を這わせていた。目的はこの少女を感じさせる事である。性の快感に犯され、淫らに愛液を垂れ流す姿を、この目に収めるのだ。彼女の秘裂の全ての顔を見ない事には、この観察行為に意味は無い。この行為を、ただの性犯罪で終わらせない為にも、俺は三条から快楽の波を引きずり出さなければならないのである。
「あ、や、止めろっ……ん、ぁ。やだ、そんな所、舐め……んああっ」
 秘唇を傷つけないよう、十分な量の唾液を舌先に乗せ、桃色の襞を舐め上げる。柔らかいようでいて強い弾力のある、不思議な感触だ。更に顔を近づけ、捻り込むように舌を突き出す。尖らせたそれを、膣口から徐々に上へとスライドさせる。乾かさないように唾液を足しつつ、丹念に、ゆっくりと。
「あッ、あっ……あっ! だめ、だめだったらぁ――ん、ぁ」
 皮膜のような小陰唇の内側を舐め、同時に秘裂全体を口で覆う。意外に伸縮性のある花弁を、舌先で広げて内側を、また戻して外側を幾度もなぞり上げた。
「さくらんぼの枝を固結びにする妙技の訓練は、今日この日の為にあったのだ!」
「何、訳分かんない事をッ。ん……あ、やぁ――やめッ、ん」
 そんな丹念な愛撫が功を奏したようで、いつの間にか彼女の抗議も鼻声になっていた。波が訪れるまで後一息といった所であろう。舌の当たる位置を少しずつ上に変えていく。狙いは未だ厚い頭巾に隠された神の御頭、クリトリスだ。
「んッ! あ、あああッ。ちょ、まッ! くぅ……」
 我が物ながら生きの良い蛇のような動きで、舌が陰核を押さえつける。それだけで三条は結構な反応を返してくれた。流石にあらゆる女性共通の性感帯だけの事はある。続けて、ピチャピチャと音を立てて舐めて見せると、彼女は息を呑んで全身に力を込めた。忍び寄る性の快感に、精一杯の抵抗を行っているらしい。
「――っ! ……ッ! んっ、くふっ。……ふぇ? え、あ、あああッ!」
 無論、そのままレジストされる訳にはいかない。俺は舌先を反らせ、グッと陰核の皮に当てると、それを押さえたまま上方に剥いていく。クリトリスを剥き出しにされた三条は――初めてだったらしく――戸惑いながらも悲鳴を上げた。
「ちょ、や……う、うああん! 何か、やぁ……ん、あぁっ」
 剥ぎ取った頭巾が下りてしまわないよう、舌先を尺取虫のように微妙な曲げ伸ばし運動でずらす。距離にして僅か数ミリだが、俺の舌は難しい作業を良くこなしたと思う。ご褒美に後で角砂糖を舐めようと思う。
 さて。ついにクリトリスとの接触を果たした俺は、その舌先をくっ付けたまま、細かい動きでそれを舐め上げた。考えた末の行動ではないが、彼女の変化は顕著だった。ついにトロリとした液体が、はっきり分かるほどに溢れてきたのである。
「んッ! ひゃああっ……あ、あ。んッ、待って……だめ」
 三条の声質も変わった。既に鼻声ではあったが、今はそこに甘い響きがある。俺の頭を掴む手も弱々しく、むしろ抱きついている感じだ。両肩に乗った太ももなど、時折キュッと締まり、モジモジと俺の耳を擦っている。
 かなり良くなっているようだ。
 この機を逃す俺ではない。唾液を追加し、肉の芽を更に舐め上げる。角度を変え、スピードを変えて刺激を与え続けた。それに併せて愛液の分泌も増える。洪水とはいかないが、トロトロと零れるそれは、椅子に垂れて小さな水溜りになっていた。
「んッ……だ、だめ。押さえたら、だ……あ、ぁ。んんッ! くぅ」
 どうも舐めて擦るより、舌先で押さえつける方が感じるらしい。舌の腹で陰核を潰すようにすると、彼女は細い足をギュッと俺の首に巻きつけた。小刻みに体を震わせてもいる。最早、完全に感じていると言って良いだろう。
「んッ。……あ、え?」
 何の前触れもなく、ふっと口を離し、性感を得た三条の秘所を改めて見つめる。
 凄い、としか言えない自分が恨めしい。もう少し国語の勉強もしよう。
 唾液と愛液に塗れたそこは、血の気が増したのか、薄桃色だった粘膜が紅く染まっている。特にクリトリスなどは痛々しいほどで、若干ながら大きくもなっているようだった。
「あ、はぁ。ふぅ……もう、止め――うあんッ!」
 ちょっと舌先を伸ばして触れるだけで、彼女はビクリと体ごと震える。
 だが、だがである。これはどうした事か? 淫らな獣欲に支配されつつあると思っていた秘裂は、確かに爛れたように腫れ上がり、妖しく蠢いてはいる物の、未だに当初の尊さを失っていないのだ。
 チラリと顔を上げ、少女の表情を探る。
 苦しげに目を細め、額に汗して甘い鳴き声を上げる三条。その顔は堕天使の淫靡さというより、むしろ荘厳な神々しさを感じさせた。言うなれば、そう――豊穣と多産を約束する大地母神の美しさ。
 闇に隠れた卑猥な色情ではなく、光と共にある健康的な性の礼賛。即ちエロス。世界を包む大きな愛だ。なるほど、これが尊くない筈が無い。これだ。これこそ俺が知りたかった神の姿。少女とは、その身の内に清らかな純潔と、恵みも豊かな女神とを併せ持つのだ。それを包み込む一筋の線こそ、エロスの美の極み。これこそ至高の芸術。
 そう。古来より、エロスもまた芸術と共にあるのだ。ユリイカ。
 感極まった俺は、厳粛な気持ちで頭を垂れ、次いで彼女の秘所に再び顔を近づけた。熱心なキリスト教徒は、イエス像の足元に口付けして信仰心を表すが、その気持ちが良く分かる。口付けせずにはいられないのだ。
「んっ、あ。止め、今は……マズ、んっ――ぁ、あああああッ!」
 途端、限界まで引き絞られていた三条の性感が、一気に頂点まで駆け上がったらしい。彼女は一際高く悲鳴を上げて、小さな体を仰け反らせた。グッ、グッ、グッと三度それを繰り返した後、俺の頭を抱えて小刻みに痙攣している。
 おお、この愛おしさよ。かつては憎き官憲の手先としか見ていなかった闘犬用チワワが、これほど愛らしく見えるとは。エロスとは偉大なのだなあ。
「な、何で――んっ、あん……私にこんな、事……はぁ」
「愛だ。三条。これこそ愛なんだ」
「あ、あああ? 愛だぁ? こッ、こぅ――こ、このバカーーッ!」
 愛なのに。バカは酷いですよね?
 芸術家とは即ち愛の伝道師であると悟った俺は、このチビッコに更なる愛を説くため、再び彼女の秘所に口をつけた。
 もう今日は、コイツが分かるまで引かない所存だ。

 それから下校の鐘がなる時間まで、都合1時間半。俺は三条に愛と芸術の素晴らしさを説き続けた。有体に言うと、ずっと同じ姿勢のまま、彼女の秘所を舌と指で愛撫し続けたのである。お陰で俺のYシャツはベタベタだ。いや、むしろぐっしょりだ。愛液と唾液と汗だけでこうなったのだから、人体の7割は水分というのも頷ける話である。
 三条が何度絶頂を迎えたのかは、良く覚えていない。5回までは数えていたのだが。一つ明確にしておきたいのは、俺は一度も射精などしていないという事だ。何しろ芸術心の発露であるが故に。
 力なくグッタリとし、だが途中からは俺の頭を抱き締めて離さなかった彼女は、帰り際こそ無言だったが、きっと俺の言いたい事を理解してくれたと思う。フラフラになって立ち上がることも出来ず、昇降口まで抱っこされても、大人しく丸くなっていたのだから。やはり愛だろう。
 一人帰路に立ち、重々しく頷いた俺は、家に帰ったら早速スケッチブックに今日見た光景を力の限り書き残そうと心に決め、足取りも軽く一歩を踏み出した。
 この一歩、大きな一歩である。

 尚、取り上げられたエロ本の事は、その晩布団に入るまでさっぱり忘れていた。

 余談だが――。
 交際の申し込みは断られた。
 にも拘らず、時々俺が風紀委員室に呼びつけられるのは何故だろうと、この頃良く思う。舌先で三条奈津のクリトリスをちょんちょん突付きながら。



 ――了。

モ ドル