奥さん、電屋です。

 とある平日の昼下がり。俺は仕事で訪れた先の家で、はらはらと泣き崩れる若い奥さんを前に、やや温くなった麦茶を煽っていた。一仕事どころか、きっちり二仕事終えての一服である。火照った体に直ったばかりのエアコンからの涼風が心地よかった。
 胸元を脱がされた服で隠し、しゃくりあげている女性を改めて眺める。こちらの一挙動にいちいち脅え、後ずさりながらも小さくなる事しか出来ないようだ。相当芯が弱いらしい。小声で、どうしようとばかり呟いている。
 終わってしまった事だ。どうしようも何も無い。きっと俺が帰った後は、バレずに済むような算段ばかりに気を使うのだろう。
 ただ、こちらとしては今日だけで終わるつもりは無かった。折を見て隙を見て、何かと理由をつけて何度もこの家に上がり込み、楽しませてもらうとしよう。ああ、仕事にも張りが出るという物だ。
 俺は手短に身支度を済ませ、無駄に爽やかな笑顔を浮かべて、裸のままの奥さんに近付くと、その柔らかい髪を二三度撫でた。
「じゃあ、また来ますね。奥さん」
「ッ! い、いえ。あの、もう……私」
「ははは。では失礼します」
 そして後ろを向き、力なく鼻を啜る音を背中で聞きながら、足取りも軽く会社への帰路に着いた。

 何があったのかは状況から簡単に推察できるだろうが、敢えて言葉にすると、俺が若い奥さんにセックスを強要したのである。
 日々、日差しが強さを増してくる初夏の六月。得意先である某企業の社宅から、エアコンの調子が悪いとの連絡が入った。バブル期以前から国内ではそれと知られた大きな企業の社宅で、作りも堅牢な7階建てのマンションである。それが各階15部屋の棟2つであるから、世帯数は200を越える。家電の消費が激しい近年、当然ながら需要も多く、我が大森電気店からこのマンションの担当を拝命した俺は、修理に営業にと引っ張りだこだった。
 エアコンの修理なら一人で十分と、車に飛び乗った俺は電話を寄越した管理人室に直行、問題の部屋に道具一式を持って上がり込んだのである。
 大河内さん宅。俺の知る限りでは本社第二渉外部の部長さんの家だ。現トップ達とは学閥が違う為に出世街道には乗れず、部長止まりだそうだが、若手には信頼も厚いらしい。ただ、上の思惑か役目柄か国内外への出張が多いとか何とか。以前一度離婚しており、年の離れた今の奥さんは二人目なのだそうだ。
「済みません、わざわざ。あ、麦茶お注ぎします」
 で、その奥さん。大河内早苗さんは、やたら丁寧で腰の低い人だった。ぺこぺこと頭を下げ、問題のエアコンを触ってもいない内から冷たいお茶を出してくれる。有難くもそれを頂きつつ、仕事に取り掛かる俺だったが、正直、気はそぞろだ。どうしても目が早苗さんを追ってしまうのである。
 白いブラウスにベージュのフレアスカート、足元はストッキングという、あっさりとした格好の彼女は、如何にもな若奥様だった。軽くパーマを当てた髪は肩の辺りで内向きにカールしている。やや細い眼と形の良い眉はどちらも垂れ気味で、化粧は薄く、リップの色も大人しい。全体的にほっそりした印象がありながら、部分部分の肉付きは良い。総じて言えば気の弱そうな美人だ。
 俺の仕事振りをまじまじ眺めるのも悪いと思っているのか、落ちつかな気に部屋の中をうろうろしている。
 問題は今日が気温30度近い夏日で、日陰にいても汗ばむ程の陽気であるという点だ。本人は気付いていないようだが、しっとりと浮いた汗の所為もあってか、白く薄いブラウスが物の見事に透けているのである。薄桃色のブラジャーが、レースの柄まで丸分かりだ。更に言えば、脚立に乗って上から見下ろすと、白い胸元から覗く谷間が否応無く視界に入るのである。
 時々、後ろを向いて何やら戸棚の整理をしているのだが、その度にゆらゆらと揺れる尻は、むしろこちらを誘っているんじゃないかと思った程だ。
 俺は彼女に一言断って床にビニールシートを敷き、エアコンを取り外すとおもむろにドライバーを取り出し、分解を始めた。そして内部を観察して重々しく頷く。
「あの、どうでしょう? 直りますでしょうか?」
 大げさな修理振りに、眉を顰めておろおろとうろたえる早苗さん。口元に手を当てた仕草が、妙に色っぽい。大丈夫ですよ、という俺の答にホッと吐いた息も熱く見える。が、これは単に気温が高い所為だ。
 俺は携帯を取り出すと社に電話をかけ、上司に状況を知らせた。基板がどうのコンプレッサーがどうのと説明し、ちょっと時間が掛かる旨を伝える。社宅の名簿を持っている上司の返答は「時間が掛かってもいいから、きっちりやっとけ」だった。やはり大企業部長の肩書きは強い。
 さて。これで時間が稼げたわけだ。この若奥さんを今しばらく眺めて楽しむだけの。
 実の所、エアコンは分解修理など必要としていなかった。夏を控えてフィルターの掃除をしたようで、素人仕事にしては埃も綺麗に払われているし、内部の機械は回路も含めて正常に稼動している。では何故、スイッチが入りにくかったり温度調節が上手く行かないのかと言うと、単にリモコンの電池が切れかけているだけだ。
 迂闊が過ぎるぞ奥さん。まぁ、エアコンは社宅の基本設備に入っているので住人の不手際に寄る故障以外は費用会社持ちなのだが。
 そうして、本来の所要時間を100倍近くオーバーし、いい加減引き延ばし工作のネタも尽きた所で、俺は漸くエアコンを壁に戻した。手持ちの新品アルカリ乾電池をさり気無くリモコンにセットしておもむろにスイッチを入れる。当たり前のように気持ちよく起動し、涼風が部屋に流れ出た。
「ああ、直りましたか。良かった」
 この数十分の間ずっと俺に視姦されていたとも知らず、心底ホッとした様子で胸をなでおろす早苗さん。余程嬉しかったのか、汗だくの俺に向かってこんな事を言い出した。
「ご苦労様です。あの、よろしければシャワー浴びていかれますか?」
 有難い申し出である。いわゆる社交儀礼的な、Noを前提としたセリフでなさそうだというのが特に。それでも普通なら断る所である。が、俺は受けた。実際汗をかいていた以上に、調子に乗ったのである。
 勧められるままにバスルームに入り、着替えにと新品のTシャツまで貰った。修理費用は請求されないのだから、掛かった手間からすると、奥さん的には旦那用のTシャツ一枚など、失っても十分プラスの範疇なのだろう。遠慮なく受け取り、温い湯で汗を流す。
 さて、シャワーから上がったら上がったで、またぞろ麦茶を頂いたのだから、一体どこまで奉仕的な人なのか。出入りの電気店のスタッフと言っても、見知らぬ男をいつまでも若い女性が同じ部屋に置いておく物ではないというのに。
 暑かった部屋はまだ冷えていない。彼女も上着を羽織っていない。下着の透けたブラウスはそのまま。俺の脳みそも煩悩が静まっていない。
 人の家で自慰に耽るのは流石に躊躇ったが、こんな事なら汗を流すついでに精液も出しておくべきだったかも知れない。
 そうすれば、魔が差す事もなかっただろう。
 俺はぼうっとする頭で、しかしどこか冷静に、自分の手が早苗さんの胸に触れているのを見た。
 そうそう、この胸。これを触りたかったんだ俺は。
 あっと気付いた時には遅かった。手は完全に彼女の胸に置かれ、あまつさえ微妙に柔肉を揉んでいた。
 ギギギと、油を差していないブリキのロボットのような緩慢な動作で、奥さんは僅かに首を上げた。俺の顔を見る瞳に、みるみる涙が溜まっていくのが分かったが、こちらはこちらでテンパっていたので敢えて無視。結果、お互いリアクション待ちの状態だ。
 豊かな胸に触れ続ける俺の手は、振り払われてもいなければ、対象に逃げられてもいない。俺の方に次のアクションが無いと知るや、俯いて細い顎をガクガクと震わせている。悲鳴を上げるでもなく、ただじっと嵐が過ぎるのを待つように。
 電車で痴漢にあっても耐えてしまうようなタイプだ。誰にも言えず、一人になってからわんわん泣く感じの。
 逃げたいのに足が竦む。悲鳴を上げて人を呼ぼうにも恐怖で喉が詰まる。こんな人がいるから性犯罪は無くならないのだろうなあ。と既に加害者になる腹を決めた俺は、胸を触る手を左に代え、自由になった右で早苗さんのブラウスのボタンに手をかけた。
「ひっ! ……ッ」
 短く息を飲むような声が彼女の口から漏れるが悲鳴には至らない。職人然とした電器屋の突然の凶行に脅え、小動物のように声も無く震えているだけだ。
 お腹の辺りまでのボタンを外し、スッとブラウスの中へ手を滑らせる。軽く汗ばみ、しっとりとした肌触りが心地良い。指先で胸の輪郭をなぞりつつ、手を喉元まで上げていく。そして両手でブラウスの襟を掴み、早苗さんが未だ硬直している隙を突いて両肩を露出させる。
「あ、あッ……い、いやぁ」
 ここに来て漸く抵抗し始めた彼女だが、時既に遅し。肘まで脱がされたブラウスに拘束された手は自由に動かせなかった。これで一気に血の気が引いたのか、彼女は腰が抜けたようで、崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
「い、いやっ……お願い、です。止め……」
 床に着いた手と足の踵で、僅かずつ、だが必死に後ずさる。それを追いかけるように俺も前進。
 大河内家リビングのカーペットを二人で這った時間は、当然ながらそう長くなかった。タン、と鈍い音を響かせて、若奥さんの背中が壁に押し付けられるまでだ。彼女は左右を見回して逃げ場を探すが、そんな猶予がある筈も無い。正面から迫る俺の顔を、首を捩って避けようとするのが精一杯。それすら果たせず、俺に唇を奪われた訳だが。
「ん、んーッ! ん、んはっ……。う、うあ、どうして」
 一度は振り切られた唇を再び合わせ、今度は逃がさないとばかりに左手で早苗さんの顎を固定。ここぞとばかりに俺は彼女の口を蹂躙した。閉じ合わされた唇に舌を割り入れ、ツルツルとした綺麗な歯を歯茎まで嘗め回し、唾液を流し込み、音を立ててそれを啜る。
 この間、右腕で絡みつく蛇のように奥さんの上半身を撫で回した。腰、腹、背中、言うまでも無く胸も。手の平全体を使って余す所無く。
 そうする内に観念したのか、徐々に彼女の体から力が抜けてきた。緊張し、力一杯抵抗すべき肉体を、精神が支えきれなくなったのだろう。心が折れてしまったというヤツだ。ついに俺の舌の侵入を許した口腔の更に向こう。喉の奥で小さく嗚咽し、ポロポロと涙を零している。
 これは――有難い。
 人形のようにグッタリした早苗さんの顎から左手を離す。一方的なディープキスはそのままに、俺は彼女の背中に両手を回し、プチとブラジャーのホックを外す。流石にそれを知った彼女の体には緊張が走ったようだったが、結果としては嗚咽の音が僅かに強まった程度だ。
「んぐッ……んっ、んんッ。――んッ!? んぁ」
 ホックが外れたブラジャーの横から手を滑り込ませ、豊かな乳房を麓から頂点に向けて絞るように、だが決して力はいれずに優しく揉みしだく。一度頂上を掠めたら手を引き、また麓から同じ要領で温かい丘を撫でる。奥から手前に、彼女の方から自分の方へ。
 張り詰めた水風船より柔らかく、綿袋にしては中身の詰まった早苗さんの胸。手触りも滑らかで、想像していた物とは比べ物にならない。指先の神経が快感を覚えるほどだ。
 思わず乱暴に鷲掴みたくなる衝動に駆られるが、そこはグッと抑え、あくまで優しく丁寧に揉み上げていく。同時に、口を犯すキスの方も、恋人を慈しむような優しげのある物に変えていく。
 突然振って沸いた極度の恐怖と緊張。精神の麻痺に伴った肉体の脱力。そこに加えられたのが、力ずくの蹂躙――ではなく、温かく包み込むような愛撫。
 人の脳はこんな時、器用に錯覚してくれる物だ。一時的にではあっても己の身と精神を守る為に、目の前の脅威を、脅威と認識しなくなる。と、何かの本で読んだ事があるが、多分官能小説の一下りなので真偽の程は不明。
 何はともあれ功を奏した。
 若奥さんの吐息が甘くなったのである。感じ始めたのだ。
「んあっ……、あ、ぁ。んはぁ――」
 一旦キスを止めて顔を離すと、お互いの唇に唾液の橋が掛かった。だが直ぐに崩落し、彼女の鎖骨にタラリと垂れる。それを舌先で舐め上げた俺は、そのまま早苗さんの首から胸元にかけてのラインに、啄むような軽いキスを降らせる。両手は胸を覆う位置で固定し、捏ねるようにゆっくりと乳房を揉む。時折、指の根元で挟んだ乳首を軽く刺激しつつ。
「あ。あ、やぁ……。ダメ、なの――に……んっ」
 そんなまったりした愛撫が体に合ったのか、彼女は大分良くなって来たらしく、胸を揉む俺の手の動きに併せて気持ちよさ気な声を上げた。その度に乳首の充血も進み、硬く膨れる。
「だ、ダメ……。そっちは、っんあ! 止め……んああ!」
 若奥さんがはしたなく涎を垂らす光景を見て、俺は次のステップへと進んだ。スカートの中へと手を滑らせたのである。ストッキングに包まれた細い足の膝から太ももを、少しずつ場所をずらして何度も往復する。指先で、或いは掌で。真っ直ぐにも、ジグザグにも。緩急をつけて撫で回した。
「あ、ぁあああッ! い、んッ。……あぁっ」
 特に内ももが好きなようで、そこを撫でられると早苗さんは甘い悲鳴を隠せない。当然、俺もそこを重点的に責めた。マッサージのように角度を変えて擦り、撫で、そして軽く揉む。
 弱点を探り当てられた彼女は、最早完全に俺の為すがままだ。一切の抵抗は無く、間断無く続く愛撫に身をゆだねている。嬌声も1オクターブ高くなった。いつの間にか涙は止まっており、代わりに切なげな吐息が溢れている。
 スイッチが入ったか――。
 体の芯に火が灯り、性感の高まりが頂点を求めているのだ。
「あ、あああッ! んあっ、んやぁ……だめ、ダメぇ。ん、ひぁっ!」
 今の体勢ではこれ以上の事がやり難いと考えた俺は、甘ったるい声で悶える早苗さんを抱きかかえ、そっとソファに下ろした。ついでに――キスや愛撫を交えつつ――邪魔な衣服を脱がしていく。ブラウス、ブラジャー、スカート。それらを剥ぎ終わると、もう一度彼女を抱き上げ、今度は俺が先にソファに座った。奥さんは俺の膝の上だ。いや、膝と言うより腹の上。彼女の腰と、俺の下腹がピタリとくっつく位置で後ろから抱き締めている状態である。両足は広げさせ、ソファに立てた俺の膝の外側に。正面から見れば、俺がM字、早苗さんは大股開きといった光景だ。
「あ、ヤ……やだぁ、こんな――んっ、格好で……ん、ぁ。あああッ!」
 そこにいない誰かに見せ付けるように、後ろから胸を揉み、弱点の内ももを擦り上げる。さっきよりも若干力を強めての愛撫に、だが火のついた彼女は見事に反応した。
 隣近所に聞こえるのではないかという程の、甘い悲鳴が部屋中に響く。細い手は頼りなく俺の腰を掴み、離そうとしない。実にいい傾向だ。
「あ、や。やああぁ……そんな、所――ダメぇ」
 ももを擦っていた俺の右手が、更にその足の付け根に行き当たる。脱がせていないストッキングとパンティは、隠し様も無く濡れていた。上から軽く押さえれば、ジワリと染み出した粘性の液体が指に絡みつく。二層の薄い布の上から割れ目を探り、中指でなぞると、トロトロの愛液は下着では抑えきれないほど溢れ出した。
 激しく体を揺らし、細かい痙攣に襲われている早苗さん。絶頂までもう少しという所で、俺は手を股間から離した。
「うあ、あ、んッ! な、何で……や、やめたら……」
 鼻に掛かる切なそうな声で続きを求める彼女は、自ら体を揺らして刺激を得ようとする。だが、腰にも腕にも力が入らないのは相変わらずのようで、むしろ微妙な震動が更に切なさを強くしているようだ。
 俺にした所で、別に意地悪をするつもりは無い。辿り着けないもどかしさに悶えている若奥さんの絵面は大変に素晴らしくはあるのだが。それ以上に自分が我慢できなくなっていたのだ。強硬に自分を主張するペニスが、ズボンの中で痛いほど反り返っている。加えて、さっきから細かく揺れる女の尻に触れ続けていたのだから。
 早苗さんの白い下腹まであるパンティストッキングに指を掛け、スススと下ろしていく。最後の砦を崩されようとしている彼女は、だがそれすら刺激になるようで、「あ、あ、あ」と断続的な悲鳴を上げて快感に震える事しか出来ない。
 下から腰を持ち上げ、ストッキングとパンティを一緒に掴み、丸い尻から抜いていく。ある一点を通過すると、何かヌルッとした物が俺のズボンを濡らすのを感じた。その瞬間、ペニスが更に硬度を増す。だが膨張をズボンとトランクスに阻まれ、はっきりと痛い。
 いっそこの時点で自分のを出そうかとも思ったが、既に早苗さんのパンティは足の付け根まで来ている。やはり先にこっちを脱がせてしまおう。
 俺は彼女の足を閉じさせ、片手で膝を抱き上げた。これも割りと屈辱的な格好であるが、自分の内ももがピタリとくっ付いた衝撃で、早苗さんは電気でも走ったかのように震え、声も無く喘いでいる。下着が足を通過する間など、仰け反って快感に耐えていた程だ。
 やがて爪先まで脱がしきったパンティとストッキングが、ストンと床に落ちる。ふわりと、では無いのは水分を吸って重くなっている所為だ。
「あ、や、やああ。わた、私……はだ、裸に――」
 ついに全裸にされた奥さんは、極々僅かに理性も残っているのだろう、身を捩って逃げるそぶりを見せる。にしてもその動きが却って快楽に繋がってしまうのだから世話は無い。
 俺は再び彼女を抱き上げて体勢を変えた。完全に出来上がり、後は達するだけの早苗さんをソファに仰向けにさせる。一度立ち上がった俺は、彼女の目の前でズボンを脱ぎ、トランクスからペニスを取り出した。
 途端、早苗さんはギョッと目を剥く。が――例によって逃げない。
 この場合、逃げないのと逃げられないのでは割りと差があるのだが、どちらにしてもやる事は同じだ。
 俺は彼女に覆いかぶさると、先ずは額から徐々に下に向かって丁寧にキスの雨を降らせた。目元に、鼻先に、唇には多少時間を掛けて。首元に、胸元に、乳房には舌を這わせる。そして硬くなった乳首を俺の唇が甘噛みする頃には、一度は覚めかけた早苗さんの理性も埋没。堪らないとばかりに自分から俺の頭を抱き締めてきた。
「あ、あンッ! い、いいっ。あ、ああんッ――私、わた、気持ち……良い」
 再燃する火に油を注ぐように、丹念に愛撫をする。乳頭を舌先で転がし、胸を麓から頂上に向けて揉み、内ももを円を描くように撫で擦る。
 手で、口で、舌で、若い奥さんの体を味わいつくそうとする俺だが、やはりもう限界だ。お互いに寸止めのままでは気も狂うだろう。
 僅かな距離を隔てて体を離し、俺はグッタリと投げ出された早苗さんの足を大きく開かせた。キュッと目を瞑り、果ての無い切なさに悶える彼女に抵抗は無い。むしろ自分から開いたくらいだ。
 そそり立ったペニスをほころんだ花弁に当てる。トロトロと蜜を零す秘所は、花と呼ぶには艶かし過ぎるかもしれない。見るだけで頭が眩む。
「ん、やあああッ! やっ、あ! 止め……やめッ! お願い……う、ああ」
 挿れ――ると見せかけて、俺はペニスを軽く握り、その先端で割れ目を上下に擦った。ここに来ての意地悪に、思わず早苗さんも絶叫を上げる。鳴りを潜めた理性はともかく、高まるだけ高まった本能と肉体は相当期待していたのだろう。ポロポロと涙を零していた。
 犯している身で何だが、流石に悪い事をした気がする。涙をキスで掬い取り、優しく頭を撫でて彼女を宥め、改めてペニスを秘所にあてがった。
 ヌプと先端が埋まる。その熱い感触に我を忘れ、俺はそのまま早苗さんの奥深くを求めて挿入した。
 大した抵抗も無く男の物を飲み込んでいく秘裂だが、それでも膣の締まりは悪くない。時折、キュッと狭まる感じが素晴らしく、特に柔らかい襞の絡みつきは極上だ。細かい蠕動が根元まで埋まった俺のペニスを、弱々しく、だが恐ろしく淫らに包み込む。その微妙な刺激は、入れているだけで俺の背筋から性の快感を引きずり出した。温かい蜜は途切れる事無く湧き上がり、激しく汲み上げられるのを待っているようだ。
「んあーッ! あ、ぁ、あ……。い、良い――んああっ、あんッ!」
 ゆっくりと腰を引き、また埋めていく。そしてまた引き、奥深くまで埋める。その度に、吐き気がするほどの快楽の波が俺を襲った。餓鬼のような性欲に、自分の理性が押しつぶされていく。俺の腰に脚を巻きつけ、焦点のあっていない瞳で、甘い甘い悲鳴を上げる早苗さんの姿がそれに拍車を掛けた。
 もう、耐えられない――。
 俺は彼女の腰をガッシリと両手で掴むと、ひたすら強く、貪るような抽送を始めた。その勢いで目の前の乳房もフルフルと上下に揺れている。肉を打ちつける拍手のような音は、だが飛び散る愛液の所為で鈍く濁っている。
「あ、ぐッ! あ、あ、もう。私、わた……ん――く、あッ」
 押し付けられた俺の胸板に抱きつき、早苗さんは最後の高まりを迎えようとしていた。俺は俺で射精感はリミット一杯まで持って数秒といった所だ。しがみ付いた若い奥さんの肉体を全身で感じながら、彼女の膣内を突き上げる。
「あ、あぐっ。ンああっ! も、もう……あ、んッ。や、ああああッ!」
 やがて一際高い悲鳴を上げ、早苗さんが絶頂に達した。背中を仰け反らせてガクガクと腰を震わせている。その長い痙攣をペニス全体で感じながら、俺は彼女の膣内に、たっぷりと射精していた。
 濁流のような快感と、凄まじいまでの満足感。やはり女の腹を精液で満たす以上の快楽は無い。
 入れっぱなしのペニスの根元にグッと力を込め、尿道に残った精液も全て早苗さんの体内に吐き出す。
「うあああ……。く、はぁ――んああ……っ」
 その際、まだ硬さを保った物で何度か緩いピストン運動をすると、彼女は壊れた人形のように四肢を投げ出したまま、苦しげな呻き声を上げた。絶頂感の波が未だに続いているのだろう。一度は治まりかけた痙攣が、また始まっている。
 どこを見ているのか分からない、ぼうっとした目。だらしなく涎を垂らした口元。脱力しきった早苗さんに、理性の光はまだ戻っていない。
 ヌルリとペニスを引き抜き、さてどうしようと頭を捻る。
 このまま身支度をして帰ってしまってもいいのだが。正直な所、未練があった。折角の機会なので、もう少し、この若奥さんを楽しみたいという。
 時間は、まあ何とかなる。実際、まだ昼を過ぎたばかりだ。会社には「時間が掛かる」と言ってあるので、今しばらくの猶予はある。
 なら、迷う事も無いか。
 俺はぼんやりしている早苗さんを抱きかかえ、もう一度体勢を入れ替えた。
 まだ体は熱い――。

「んっ。ちゅ……んむ――はぁ、はぁ」
 大企業部長宅でありながら、そう広くないリビングに、電器屋スタッフの俺と、この家の奥さんが唾液を交換し合う音が響く。早苗さんは見知らぬ男とのセックスに、すっかり溺れていた。撫でられては甘く鳴き、擦られては切なげに鼻を啜る。キスをすれば自分からは唇を離そうとしない。
 旦那の名前を呼ぶわけでもないので、のぼせ上がって相手を間違えているわけでも無さそうだ。
 後で他の住人に聞いた話なのだが――。
 彼女、大河内早苗さんは社宅内に親しい友人が一人もいないそうなのだ。世帯数は200を越えるというのに。それと言うのも、歳の離れた夫は地位も責任もある部長職。配偶者の社内権力=自分の社宅内地位という特異な世界で、若い彼女は旦那の役職と釣り合いが取れておらず、更にはその旦那がトップから煙たがられているという微妙な立場である。その上、そもそも部長クラスの人間は自宅を構えている方が多く、社宅に残る大河内家は稀な例である。と、いうわけで孤立化は避けられないのだ。おまけに頼るべき旦那は出張が多く、帰ってきても疲れ果てており、挙句の果てに寝室まで別というから、泣けてくる話ではある。
 敵こそいない物の、周囲に味方はおらず、性根のおっとりしたこの人が誰に頼る事も出来ず、甘えるべき人に甘えられもしない。なるほど、ストレスも溜まり放題だ。困る困ると口で言い、顔で泣きつつも、若い男――俺の事だが――をホイホイ家に上げてしまうのも頷ける。
 と、後にホイホイこの家に上がるようになった俺は思った。
 閑話休題。
 どっかりとソファに腰を下ろした俺は、正面を向いた早苗さんを膝に乗せ、じっくりとペッティングを楽しんだ。弱々しくもすがり付いてくる彼女の腰を抱き、ゆったりと愛撫する。一度大きな絶頂を迎えた後の早苗さんは、どこを触られても感じるらしく、常に小刻みに体を揺らし、その気持ち良さに鳴き続けた。
「はぁ、はぁ……んっ。もっと、撫でて――。はぁ……はぁ」
 荒く吐く息もさっきより甘い。熱に浮かされたように頬は上気し、俺の手が止まる度に愛撫をねだる。まるで小さな子供のようだ。が、それにしては股間からトロリと垂れた粘度の高い白濁液と、止めどなく溢れる光る蜜が艶かし過ぎる。
「んぁ……はぁ。んッ、そこ……気持ち、良い。はぁ……んっ」
 左手で腰を抱いたまま、右手は早苗さんの乳房を掴み、円を描いてグネグネと揉む。ついでに掌で乳首を優しく擦ると、彼女はうっとりと目尻を下げた。もう片方の胸を口に含み、やはり舌先で硬い乳首を舐め上げる。恐らくは背筋を快感がほとばしっているのだろう、若い人妻は息も出来ずに仰け反った。
「あ……ん。んく――はぁ……はぁ」
 フラリと倒れる背中を抱きとめ、互いの胸を押し付けあうように体を合わせる。これで安心してしまうのだから困った物だ。俺は嬉しいが。
 そんな調子でひたすら早苗さんを甘えさせて、どれほど時間が経っただろう。壁掛け時計は後ろにあるので不明だが、日差しの向きが覚えている物とは若干変わっていた。そうは言っても別に焦る事はないのだが、困る事もある。
 体の具合だ。既にお互い、いい感じに高まっていた。彼女はしきりに上目遣いで俺に何かを訴えていたし、俺もそそり立った物がいい加減痺れを切らしている。
 弄る必要もなく早苗さんの秘所はトロトロだ。俺はソファに座って正面を向き合ったまま、彼女の太ももの下に腕を入れて持ち上げ、グッと抱き締めた。
「はぁ……あっ! ん、あ、あああ。入って――来る。んあっ……ぁ」
 そして俺の体を滑り台にしてゆっくりと奥さんを下ろし、ペニスで貫いていった。
 いわゆる対面座位の格好で深く繋がり、互いの体を愛撫し合う。我慢比べのように二人して腰だけは動かさず、肩を背中を、そして胸を撫で、口を合わせて舌を絡め合った。
「ん、はぁ……はぁ。も、わた――私。……おね、がい。んッ! あ、ああ」
 だがそれも堪えきれなくなった彼女が根を上げて終了。俺の胸に鼻先を擦り付け、甘い声で先に進んで欲しいと呟いた。
 こんなおねだりをされては答えない訳にもいかない。右手で早苗さんの脇を、左手で腰を掴むと、ゆっくりとその細い体を持ち上げる。伊達に毎日家電製品を運んでいない。この辺は技術職に見せかけた体力系の面目躍如だ。
 ペニスの雁が膣口付近まで来た所で今度は下ろしていく。そしてまた持ち上げ、下ろす。
「はあっ! あっ、あっ……んああーっ。だ、だめ――ん、あーっ!」
 快楽に溺れ、激しく身を捩る早苗さんを押さえつつの抽送だが、元より非力な彼女の事であるから、大した問題ではない。むしろその所為でペニスが膣壁のあちこちを擦り、受け取る快感も一様ではなかった。それは彼女にも言える事で、自分の中を掻き回される気持ち良さに、甘い悲鳴が高々と上がっている。
 早苗さんを持ち上げては下ろす動作を次第に早く、力強くしていく。それは体の奥底から沸き起こる衝動と同期し、やがてそれでは飽き足らなくなった俺は、ついに自分から腰を打ち付けるようになった。
「んあッ! ぐっ――や、やぁ! 激し……あ、ああッ!」
 彼女を持ち上げ、下ろすと同時にペニスで突き上げる。早い動きで、力一杯。早苗さんとしては、津波に飲み込まれたイメージだったかもしれない。それもまあ、半ば当たっているだろう。ただしこちらは快楽の波。
「あ、あああッ! んっ、ぎ……。く、あ、あああああッ!」
 翻弄されるしかない彼女は、俺を差し置いてあっさりと臨界点を越えたらしい。一瞬、全身を硬直させると、ビクビクと大きく痙攣し始めた。そして激しい身悶えが嘘だったかのようにガクッと脱力し、そのまま動かなくなる。失神してはいないようだが、腕はおろか指を動かす気力も無さそうだ。
 それで納まらないのが俺の方で、猛るだけ猛ったペニスが、彼女の中で硬く屹立している。
「う、あああ……。ん、ぁ、――っ。……ッ」
 二度目の大きな絶頂を越えたばかりの早苗さんには辛いだろうが、もう少し、俺は彼女の体を動かさせてもらった。ドロドロになった膣内の肉襞を掻き分け、最深部の壁を擦り付ける。熱い愛液で肉茎全体が包まれる中、ザラザラとした感触がペニスの先端を刺激し、感電したような衝撃が下半身から広がる。同時に射精の衝動が堰を切り、俺は再び早苗さんの膣内に精液を注いでいた。出せる分を一滴も残さず、たっぷりと。
 目を瞑り、肩で息をする彼女には声もない。ただ大人しく俺の吐き出した精をその体内で受け止めるだけだった。

 ブーン、と低い唸り声を立ててエアコンが涼しい風を送っている。地上7階のこの部屋に下界の音は届かない。雲一つ無い晴天の昼下がり、あるのは漸く落ち着きを取り戻した男女の息遣いのみ。
 暫くの間抱き合ったまま、俺と早苗さんはセックスの余韻に酔っていた。気だるく、心地よい。人妻と間男という背徳感も加えれば感慨もひとしおだ。
 やってしまった――と、ぼんやり考えつつも俺の内心は弾んでいた。一度ここまでやる事をやったのである。この気の弱そうな奥さんは二度目を断れまい。三度目も、その先も。
 じっとしていればエアコンのお陰で汗も引くし頭も冷える。このまま眠ってしまえたら最高なのだが、生憎とそうもいかない。
 俺はのそりと起き上がると、全裸のままの早苗さんをソファに座らせて、自分はシャワーを浴びに向かった。勝手知ったる他人の家とはこの事か。知ったのはついさっきだが。
 汗とその他の体液二人分を洗い流し、身も心もさっぱりした所で身繕いを整えた俺は、事の前に奥さんが注いでくれた麦茶で喉を潤した。その頃になって己を取り戻した彼女は、脱がされた服を着るでもなく胸元に掻き集め、はらはらと涙を落とした。

 と、こういう過程を経て、物語冒頭の部分に戻るわけである。

 その後の話は蛇足だが。
 あれから一年が過ぎても、俺と奥さんの密かな情事は続いていた。関係も相変わらずだ。何やかやと理由をつけてやってくる俺を、拒みきれない早苗さんが家に上げてしまい、なし崩し的にたっぷりとセックスを堪能。お茶を一杯飲んで帰るのが恒例になっている。
 ストレスの上昇と解消を同時に行っている形の彼女は、特に精神のバランスを崩すでもなく、割とすんなり状況に適応していた。そういう意味では強い人なのかもしれない。いわゆる最後まで生き残る感じの。
 いつ終わるか分からない関係だが、それは普通の恋人同士にも同じ事が言える。だから、今は先の事など全く見えなくていい。
 俺は部屋に響く甘い鳴き声を、ただ無心に楽しんだ。



 ――了。

モ ドル